『Ghost in the shell 功殻機動隊2.0』

自他共に認める大の押井フリークであるこのワタクシ。押井監督の代表作のひとつ、『Ghost in the shell 功殻機動隊』がリニューアルされ、バージョン2.0として公開されるというニュースを聞き、いろんな意味で見なければなるまい、と思っていた。しかしこれがなんと全国5箇所のみでの公開。北海道では札幌のシネマフロンティアたった一館での上映。なんということだ。

ほとんど休みの無い多忙な仕事をしているのだが、無理矢理休みをもらい、旭川から札幌まで、ただこの作品を見るために出かけ、ついでにローデッドの打ち合わせに参加してきた。というか、僕がこんなんだから、出てくるタイミングにあわせてみんなが集まってくれただけなんだが。

まぁそうやって集まってもらってミーティングということになったわけだが、僕の中ではあくまでも功殻がメイン。これを見なきゃ始まらんわけで。


押井監督は以前、ルーカスがスターウォーズの初期三部作をリニューアルした際に、「監督はそういうことをするもんじゃない。そんなことしてるヒマがあるなら新作を撮れ」というようなことを言っていた。今回の功殻2.0の話を耳にしたとき、「オイオイ押井さん、ルーカスを批判してたじゃないの」と思いつつ、しかし押井監督は新作『スカイ・クロラ』を撮ってるからいいのかな、などと思ってみたりした。劇場公開こそされていないものの、パトレイバーなどもDVDではサウンドリニューアル版という音声だけバージョンアップしたやつが入っていたりするので、そういう位置づけのものかな、と僕なりに解釈していた。

そしていざ鑑賞。


おおむね押井ファンはこのカスタムを良い反応で受け止めているようだが、僕は個人的に「どうなんだろう?」と思わざるを得ない。音声は全体的にリファインされ、その部分はかなり良いと感じる。映像面ではオープニングや素子が海に潜るシーンなどで使われた3DCGによる新作カットを始め、モニターグラフィックが『イノセンス』の色味に変更された点などが目立つ。これもそう悪い印象ではない。

が、冒頭の印象的なシーン。あの光学迷彩で素子が街に消えていくシーン。新しい技術で作ったほうがより凄いことになりそうなシーンなのに、あのシーンの感動は公開時版のほうがはるかに大きい。確かにCGを使った今回のものも悪くは無いけれど、公開時にあった「始めてみる映像」感がまったく無い。帰宅してから旧バージョンのDVDを再度見てみたけれど、冒頭シーンの先進感は今見ても素晴らしい。この良さが2.0ではかなりスポイルされてしまった感がある。

オープニングも絵コンテにある要素をうまく取り入れた新しい映像になっているわけなんだが、すでに何年も前の作品である『イノセンス』のオープニングには遠く及ばない印象だ。これなら旧バージョンのもののほうがその時点での新しさを密封したままの状態であるため、やはり前のもののほうが良かったという感想を持ってしまうのである。


そして、僕が何よりももっとも悪い印象を受けたのは、この作品の核になる「人形遣い」というキャラクターの声優をチェンジしたことだ。2.0ではこの人形遣い榊原良子さん(Zガンダムハマーンパトレイバーの南雲警部などで有名)が演じていて、演技も素晴らしいし、僕自身この人の声も芝居も大好きなのだが、重要な点がおかしくなっているのである。

人形遣いは物語の後半で、女性の義体に追い込まれたゴースト(一般的に言うタマシイのようなもの)として登場する。このとき、前バージョンでは男性の声で、女性の外見なのに三人称が「彼」という風になっていた。

Ghost in the shell』も『イノセンス』も、カラダというものが大きなテーマになっている。外界と自分を隔てる境界線としてのカラダ。中に宿るタマシイとしてのゴースト。ゴーストを個人たらしめる要素である記憶。記憶がコンピュータなどの外部媒体に記録できるようになり、その改変や改ざんが可能になり、カラダは義体となり、脳は電脳化されてネットにつながる。個を構成していたものが境界線であるカラダを離れ、ネットを経由して他の個とつながる。そういった世界を通して、個人とは何か、自分とは何か。外から見える自分と自分が感じている自分の差とは何か、を描く。

そういった重要なテーマを表現する象徴的なものであったはずの人形遣い。女性の外見で男性の声。情報の海で生まれた生命体である人形遣いは男性であるかどうかすら怪しいわけだが、作品の終盤で、素子と人形遣いは融合し、新しい形になる。作品の言葉を借りれば、「上部構造にシフトする」。要するに素子と人形遣いは結婚し、子供が産まれる(というよりは転生するといったほうが近い)。

こういった重要なポジションにいる人形遣い。この声に関しては、変更するにしても男性にするべきではなかったのか。女性の義体に対して「彼女」という三人称を用いることには何の違和感もなく、カラダとそこに宿るゴーストの間に差があることの象徴にならない。

結局のところ、大の押井フリークである僕は、今回のこのバージョンアップをあまり良くは受け止めていない。しかしまぁDVDは出れば買うわけなんだが。映像は優れているし、内容は今見ても斬新。前バージョンを見たことが無い人にはぜひ見てもらいたい作品ではある。しかし押井監督の大ファンとして、この作品はやはりいただけない。監督は初回公開時にその時点で最高のものを出していたわけで、それを後からいじっても最初のものは越えられないと思う。

とはいえ、僕は今回のこれに関しては、おそらく『スカイ・クロラ』がらみでいろいろしがらみがあったりもしたのかなーと憶測してみたりしている。『スカイ・クロラ』では今まで避けていた主役級の声優に有名な俳優を起用するということもしているし、プロモーションのために「笑っていいとも」にまで出演したりしていた。およそ押井監督らしからぬことが多々見受けられる。その一環としてポリシーと違うことをしているのか、あるいは年月を経て考え方が変わってきたのか。いずれにしても僕の中で、押井監督に対する思いが薄らぐことはまったく無いのであった。