『第9地区』


映画ヲタクの作る映画って、結局のところ「映画大好きパワー」という名の一種の暴走が生み出した作品が多い。
そういった勢いだけの作品は、大胆でかつストレートな表現が心地よくてそれなりに楽しめるのは間違いないけど何かが足りないのも確か。


で、何が足りないのかって考えると、やはりそれは情緒の欠落なんだよね。


物語は斬新、展開はスピーディ、セリフはカッコイイ、演出はポップ、映像は美しい、音楽もオシャレ、しかし情緒を感じない。
そんな映画が山ほどある。


「情緒がない」というのは、言いかえると現実の認識が甘いということ。
これは、マニアックなことばかり詳しいクセに、生きる上で大切なことにはまったく疎い奴が映画を撮ると必ず陥る状態なのだ。



カッコつけたPV作家が撮った、派手さだけがウリの映画なんぞ死んでしまえ!
名作の引用やカルト映画のオマージュがやりたくて映画作るようなアホに資金わたすんじゃねー!



俺が好きなのは情緒のある映画なんだ。
情緒のない映画なんて認めないぞ!俺は!


とかなんとか言いながら観た映画『第9地区』。


映画ヲタクが自らの「映画大好きパワー」を極限まで昇華させて作り上げたSF映画
しかし、本作は決して「勢い」だけの映画ではない。


この作品には情緒がある。



舞台が南アフリカヨハネスブルグであるという点で、どー考えても社会派である本作。

エイリアンと人類が共存する世界。
地球人は差別的な態度で、部外者であるエイリアンを治安の悪い劣悪な環境に隔離して、ほぼ虐待に近い扱いをしている。



まさに悪名高いアパルトヘイトそのものがSF的設定で展開しているのだ。
これはもう差別問題を扱った社会派映画じゃないか。


でもってそんな中、エイリアン対策課のノンキ極まりないオッサンが、名誉ある任務によりシッチャカメッチャカな目に合うというのがストーリー。


この作品の面白さは、なんといっても展開が自由すぎるところだろう。


やってきたエイリアンが、もともと地球になど何の用事もなかったってところがとても素晴らしいアイデアだと思うな。

設定のリアルさってのはまさにそういう部分だよね。


地球侵略とか友好を結びに来たとか、そういう問題じゃないからお互いにどーしていいかわかんないっていうね。


で、そんな誰がどう見たって問題が山積みのエイリアンとの共存地区で、予想外のアクシデントがバンバン起こる。
そのストーリー展開が、もう笑っちゃうくらい大胆不敵。


監督のニール・ブロムカンプってひとは、かなり用意周到な人なんだろうなって印象を受けた。


ストーリーがブッ飛んでいるにも関わらずそこに現実味があるのは、作り手の豊かなアイデアとドラマ作りの手腕に他ならない。


特に、ドキュメンタリー展開とドラマ展開を見事に使い分け、違和感無くストーリーに引き込む編集は見事。

生々しい映像が醸し出す緊迫感と、すべて無名の俳優で固めたからこそ際立つリアリズム。


人間の描き方は下品だし、対するエイリアンの不快な風貌とオゲレツな生活スタイルもこれまた刺激的。
エイリアンの住むスラム化した第9地区も画的なパワーに溢れている。


リアルでファンタジックで下品さに満ちた情緒あふれる社会派ドラマ。

間違いなく大傑作だ。